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島田美術館 | 萌える建築

島田美術館 | 萌える建築

島田美術館

武蔵の息遣いに対峙する

Hero(ヒーロー)がある人は幸せである。風貌、言動、世界観の全てが好きでたまらない。そんな憧れのHeroと同じ時代に生きたい、同じものを見たい。それが叶わないのであれば、ゆかりのものを可能な限り集めたい。そう思うのは自然なことに思う。

島田真富(1886-1977)のHeroは、剣豪“宮本武蔵”。宮本武蔵は熊本藩主・細川忠利に客分として招かれ、寛永17年(1640年)より晩年までの五年余りを熊本の地で過ごし、多くの弟子に剣術兵法の極意を伝授した。そして『五輪書』を記し、他にも水墨画や工芸品も制作、多くの武蔵ゆかりの品々が郷土に残された。

島田美術館は島田真富が収集した古美術を中心に収蔵・展示する、熊本初の私設美術館である。特に武蔵会会長も務めた島田真富が、宮本武蔵の研究、資料収集に尽くした事により、宮本武蔵の遺墨・遺品が充実している。

島田美術館
島田美術館
ゆらりと構える二天一流の祖。赤い肩衣を着た晩年の宮本武蔵の肖像画(作者不詳)もコレクションする。武蔵の命日5月19日(二天忌)には、どくだみを一輪活けるのが習わし ※展示室内の写真は全て特別に撮影許可をいただいております

宮本武蔵が好きで好きでたまらない、島田真富は武蔵に取り憑かれた“武蔵エンスージアスト”。「洋服ば着とる者に直垂(ひたたれ)や大鎧の着付けのわかるか!」と、生涯和服で過ごしたという徹底ぶりだったそうだ。

島田美術館

案内をして頂いたのは真富のひ孫に当たる清川真潮さん。

「島田家は下級武士の家系で、特に裕福でもありませんでしたから、真富が宮本武蔵ゆかりのものや、古美術を収集することは簡単ではなかったと思います。明治になって武士という身分がなくなり、真富の父親は警察官になった様ですが…」。

真富さんの職業は?

「いくつかの借家を持っていたようですが、謎です(笑)」。

それでも何とか収集したんですね?

「熊本に残る宮本武蔵をはじめとする武家ゆかりの古美術工芸品が、熊本から流出するのを食い止めるために一所懸命だったのでしょう。幸い真富の父親や叔父の理解もあった様です」。

島田美術館
門をくぐると山野の様な庭を中心に、左手にカフェ棟。右手にギャラリー棟。中央に本館がある。この写真はギャラリー棟から見たカフェ棟
島田美術館
本館エントランス。左には併設されたギャラリー(A・B・C)。取材日も各ギャラリーでは陶器や絵画の展示が行われていた

建物を見てみよう。

島田美術館は1977年9月27日に財団法人設立許可を得、その年の11月20日に開館。当時は島田家の自宅と蔵を改装し収蔵展示をしていた。しかし、収蔵品の管理や防災・防犯のこともあり、島田家自宅跡地にちゃんとした“美術館”を新築することに。

こうして島田美術館新館(本館)は1982年7月19日に竣工式が行われた。設計は泉建築研究所/泉啓一郎氏。そして同年8月1日新装開館。当時の『島田美術館新館建設協力会』会報誌には「昭和49年、88歳の真富先生は大層お元気で、(中略)真富先生が“美術館”の名称にかなり抵抗を抱いておられたのが私には意外でありました」と泉氏の寄稿がある。また、真富は“大倉集古館”のような反りのある瓦葺寄棟屋根、広い外縁には勾欄をめぐらせた建物を構想していたそうだ。

島田美術館
木々に囲まれ建物の全体像を捉えるのは難しい。切妻の棟巴に宮本武蔵がデザインした海鼠鍔(なまこつば)があしらわれる
島田美術館
大きな槙の木と共生する本館の軒。新館建設にあたり真富の要望は“既存の樹木を切らないこと”
島田美術館
取材時、企画展示室では『怖いかも展』が開催中だった。髑髏(しゃれこうべ)をあしらった鍔や刀周りの装飾品などには、現代にも通じる男のステイタスを見る。細川家に預けられた大石内蔵助ら17名の最期を描いた『赤穂義士切腹之図』など貴重な掛け軸も展示
島田美術館
常設展示室には宮本武蔵が使用したと伝えられる『無銘 金重』など刀が二振り。茎(なかご:柄に収まる部分)は、その刀の履歴書。無銘とは、茎に刻まれている刀工の名や制作年月日がないもの。江戸時代に入り武士のフォーマルなサイズにするために古刀の茎を磨上げ(すりあげ:短くする)が行われた
島田美術館
宮本武蔵筆『枯木鳴鵙図』。刀の様な枯れ木に止まる一羽のモズ。鋭いまなざしは剣聖50代にして衰えるところのない武蔵自身を表したものだろうか

清川さんは続けます。

「曾祖父は“ものを見る時は座ってみるもんぞ。ただの礼儀作法じゃなか。昔の美しかもんは、絵も道具も皆、座って眺める時に一番ようわかるごつ出来とる”が口癖で、それで展示室のガラスケースに納めてしまうことに抵抗があったのでしょう。なので新館には旧館(自宅)を思わせる広縁と座敷を設けました」。

島田美術館
武蔵の刀や木刀に座って対峙できる、真富の遺志が引き継がれた畳敷の展示室。ここでは定期的に刀剣教室も開かれている

前出の会報誌によると新館建設にあたり、3,000万円の募金が集まり建設費の半分以上が賄われたと記されている。熊本県立美術館の開館が1976年ということだからほぼ同時。その時代に私設美術館を建設すると言うのは本当に大変なことである。県や市の補助金や企業団体の援助もあった様だが、郷土の宝を守り抜こうとした真富の使命感とその熱量。その熱が伝わり多くの賛同者を得、島田美術館は開館できた。

島田美術館
島田美術館
島田邸(旧館)の名残の庭。真富は生前「草木の生え死にはそれぞれの自意にまかせよ。花の咲くものは植えるでない」と語っていたそうで、幽玄な景色を今も見せる

「島田美術館は宮本武蔵にまつわる遺墨・遺品、古美術などに振り切った収蔵品が多い私設美術館です。開館して40数年、2013年に公益社団法人化しましたが、まだまだこれからも、熊本の人たち、宮本武蔵や古美術を愛する人たちのために、何ができるのか、何を伝えることができるのか、その使命を日々研修しています。また若い人たちにも親しんでもらえる様な、宮本武蔵のオリジナルグッズも今後は充実させたいですね。何かアイデアありませんか?(笑)」。と清川さん。

島田美術館
カフェ『木のけむり』。窓の緑が映える心地良い店内。展示を見た後の余韻に浸るも良し、香り高いコーヒーとくつろぎの時間を過ごすのも良し。手の込んだランチもとてもおいしい。設計/大森創太郎建築事務所

カフェも備え、各ギャラリーでは作家さんの展示や販売会などイベント開催も盛ん。訪れた人たちが、宮本武蔵や郷土の古美術に興味を抱くきっかけにもなっている。伝統的古美術と現代の作品が、同時に楽しめる交流の場所、それが島田美術館の人気の理由だろう。

四季折々の色彩溢れる前庭。真富の遺志を残す質実剛健の花のない庭。島田美術館は建物だけではなくその敷地全体に、新旧の美を受け入れる懐深さがある。

島田美術館
本館からギャラリー棟(蔵)を望む。程よい距離感で施設が点在する
島田美術館
蔵を利用した展示室は、旧館の頃から人々に親しまれるギャラリー。モノトーンのインテリアに作品がよく映える
島田美術館

公益社団法人 島田美術館

熊本市西区島崎4-5-28

TEL 096-352-4597

FAX 096-324-8749

島田美術館

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