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池田活版印刷所 -吉田 典子-

池田活版印刷所 -吉田 典子-

Shinji Shimoda
池田活版印刷所

呼ばれた気がして

皆さんは活版印刷をご存知でしょうか。現在のオフセット印刷が生み出される前には、金属の印鑑みたいな『活字』を並べて印刷されていました。印刷された表面を触ってみると文字の周りが凸凹しています。

池田活版印刷所
「町長さんが以前、うちで作った名刺を時の副首相に差し出すと、“活版印刷か?お前金持ちだなぁ!東京では100枚で2万円するぞ!”と言われたそうです。それでこの前ちょっとだけ値上げさせてもらいました」。それでも東京の半額以下

熊本市の南東に位置する上益城郡御船町。かつて酒造りの町として栄え、白壁土蔵造りの酒蔵や商家などが立ち並んでいました。その中心『本町通り』には、江戸時代後期に建てられた大きな豪商の屋敷があり、『御船街なかギャラリー』として解放されています。その隣にあるのが今日ご紹介する池田活版印刷所です。5代目吉田 典子さん(旧姓:池田)にお話を伺いました。

池田活版印刷所

「私は以前公務員をしてまして、活版印刷の工程のことも分からないまま、定年後に引き継いだんです」。穏やかな話しぶりに人柄が滲む吉田さん。それもそのはず長年勤めていたのは小学校の先生。

「定年後には旅行や趣味を楽しもうと思っていたんですが、なんだか印刷所に呼ばれている気がして…。3月31日に退職して4月1日にはここ(印刷所)に再就職しました(笑)」。

印刷所はご自宅と同じ敷地。先代のお母さまが亡くなって以来しばらくは従業員が一人で店を守っていてくれたそうです。

ところで活版印刷の歴史は古く、西洋式活版印刷は幕末に長崎に伝わり日本全国に広がったといわれます。池田活版印刷所は吉田さんの曾祖父が1890年(明治33年)に創業。2代目の祖父、3代目のお父様とその後を引き継いだお母様の背中を見て、吉田さんは育ちました。昨年130周年を迎えました。

池田活版印刷所

私が池田活版印刷所を訪れたのは今回が2回目。前回はサイクリングの途中でふらっと凸訪問でしたので、改めて取材をお願いした訳です。しかし前回いらっしゃったおばさまを見かけません。

「そうなんです、頼りにしている永戸さんが今体調不良で入院していて、分からないところは「永戸さーん、わからーん」と叫んでいます。お見舞いにも行けないので、とても寂しいです」。

池田活版印刷
粛粛と活字を拾う永戸さん。吉田さん曰く「永戸さんは、どこにどの活字が収まっているか、完璧に把握されています」。活字棚は永戸さんの頭脳回路と直結している様だった
池田活版印刷
吉田さんが小学校6年生の時に描いた『うちの仕事』。活気ある様子が生き生きと描かれている

永戸 寿美子さん(82)は、吉田さんのお母様とも長年一緒に働いていた、この道50年の大ベテラン。その永戸さんの協力もあって印刷所は再興できたと言います。

印刷所は、吉田さんが子どもの頃から遊び場にしていた場所でもあり、印刷機の刻むリズミカルな機械音やインクの匂い、活気のあった当時の記憶、それから永戸さんの存在が、活版印刷未経験の吉田さんに再興する決意をさせたのかもしれません。

池田活版印刷所
A3サイズまでの印刷が行える大型の印刷機。メンテナンスは機械に強いご主人がなさるそう。「ちょっとした音の変化に気が付いて直してくれます」
池田活版印刷
この日は娘さんがお手伝いをされていました。永戸さんがいつも座っていた作業台からの眺め。永戸さんにとっては、先代(お母様)と吉田さんと重なる風景なのかも
池田活版印刷
池田活版印刷
池田活版印刷
空白を作るのは鉛でできたいろんなサイズの“込めもの”。組版したら紐で結い(仮組み結束)、金属の枠にセット、ジャッキで締め付けて版の完成です

力強かったり、優しかったり

吉田さんが印刷所を引き継いで2年目、熊本地震に見舞われました。棚がずり落ち活字が床一面に散乱しました。

「途方に暮れていましたが、ボランティアの人たちに手伝ってもらって、半年かかってどうにか元の状態に戻しました。その時、ボランティアの若い人たちから『活版印刷ってかっこいい!』、『絶対、残してほしい』と言われて、それで力が湧きました」。

池田活版印刷所
取材時は鍼灸院のショップカードを印刷中。デジタル世界の入り口であるQRコードが、活版で刷られるなんておもしろい

吉田さんは活版印刷の魅力をこう語ります。

「印刷の圧の強弱やインクの“かすれ”具合などで、文字が力強かったり優しかったりします。印刷物としてはそういう品質のバラつきみたいなものはないほうが良いのですけど、今は逆にそこが魅力になっている気がしますね」。

印刷物は本来、きれいで均一で視認性が良い方がいい。しかしそこは現代の印刷技術が担えばいいわけで、今となってはイノベーションの過程で手放した人の手の温もりを、活版印刷の中に認めるから、人々を惹きつけてやまないのでしょうね。時代に取り残されたように思われる活版印刷。しっかりと棲み分けができています。

「大量印刷や大きいものは苦手な活版印刷ですが、活版印刷ならではの魅力ある製品を残して行きたいですね。そのためには販売する場所ももっと作って認知してもらわないと…」。

吉田さんは現在、カレンダーや原稿用紙、メモ帳など、オリジナル商品を制作し活版印刷の普及に努めています。

池田活版印刷所
消しゴムハンコのかわいい図柄の入ったカレンダー。消しゴムハンコは娘さんの作品。レベルが高い!(オンマウスで拡大できます)
池田活版印刷所
もうひとつあるオリジナルのカレンダー。こちらはモノトーンでとってもシック。インクを付けずに型押しされた図柄(既存の活字を組み合わせてデザイン)が毎月の季節感を表します(拡大できます)
池田活版印刷所
オリジナル商品は印刷所と、御船町観光交流センターで販売中

周回遅れのトップランナー

池田活版印刷所
使用頻度によって活字の数が違う。明朝・ゴシック・楷書なども各級数(大きさ)で揃う

これもボランティアの方に言われた言葉だそうです。まさに“言い当て妙”ですね。最先端のものがなんでも一番良いとは限らない。温故知新、適材適所。価値あるものには継ぐ者が現れる。

「目の前に印刷所があったから引き継いだようなものですけど、ご先祖さまがどんな気持ちでどんなことを考えながら、どんな時間を過ごして来たのか。そんなことに思いを馳せながらやってると、ご先祖さま達に見守られている気がします」。

最近では多良木町で古民家と印刷機を買い取って、活版印刷業を始める準備をしている方と知り合いになり、時々教えて欲しいと訪ねて来られるそうです。

「この前はうちの機械の調子が良くなくて、二人であーでもない、こーでもないとやりました(笑)」。吉田さんはなぜかそんなことをとても楽しそうに話してくれます。

「いくつになっても新しいことにチャレンジできるって、とても幸せなことなんですよね」。

それから先日、活版印刷をやりたいから雇って欲しいという若者も訪ねて来たそうです。

吉田さんの人柄もあり、横のつながりや後継者候補もできつつあります。

 

活版印刷体験もできます(要予約)。

ぜひ訪ねてみてください。

池田活版印刷所
鉛でできた活字は使い続けると消耗します。新しい活字の製作は横浜にある『築地活字』さんにお願いしているそうです。写真はその注文書
池田活版印刷所
印刷所の窓ガラスは古い結霜(けっそう)ガラス。膠を塗って再度熱してできた模様は鳥の羽根みたいです
池田活版印刷所
本町通りからちょっと歩くと、のどかな風景が続く御船川沿いに出ます
池田活版印刷所

池田活版印刷所

熊本県上益城郡御船町御船795

tel.096-282-0069

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