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愛情で伝える人〈前編〉- 山崎彰吾 – | KumamotoZINE

愛情で伝える人〈前編〉- 山崎彰吾 – | KumamotoZINE

Shinji Shimoda
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『竹の、箸だけ。』をコーポレートメッセージに掲げ、熊本県南関町で文字通り“竹の箸だけ”を、半世紀に渡り作り続けているヤマチク。地方の箸メーカーから世界に向けて存在感をアピールする、そのリブランディングの手法が今注目されています。その中心には山崎彰悟さんがいます。現在多くのメデイアにヤマチクの取り組みは取り上げられていますが、LogicZineは山崎彰悟さんその人に着目し、お話を伺ってきました。

乾燥窯の前に立つ山崎彰吾さん

ヤマチクのはじまり

熊本市内から車で1時間。里山と田園を区切るように走る県道沿いに、静かに薄煙を吐き出すヤマチクがありました。

「元々は福岡で、祖父の歳の離れたお兄さんが割り箸屋をやってました。その事業の竹の割り箸部門だけを暖簾分けしたのがヤマチクの始まりです。それでも竹の割り箸だけではやっていけないので、竹を使った床材や壁材などの建材を開発し、事業領域を広げていったそうです。大口の取引先にも恵まれ、福岡の工場だけでは手狭になってきたのと、福岡市内(早良区)の開発も進み騒音等の問題もあり、昭和52年、熊本県玉名郡南関町に第二工場を作りました。ところがその1年後に主力商品である建材の取引先が倒産。売り上げの9割を失うことになりました。そこから残り1割の竹の箸の製造に注力したのが原点になります」。

しかし、その後事業は順調だったわけではなく、下請け製造(OEM=Original Equipment Manufacturing:発注元のブランドとして製造)がメインだったそうです。

「大分の日田にたくさんあったお箸屋さんに材料を納めたり、お箸の形が作れるようになってからは福井県の若狭塗の塗装メーカーさんに納めたり、完成品を作れるようになるまでには約10年ほどかかったと聞いています。それからは生協さんや大手量販店さん、衣料品や雑貨、家具まで揃え全国に展開する某小売企業さんなどの大口の取引先に完成品(OEM)を納めるようになり、竹のお箸屋さんとして商売ができるようにしてきたのが現在の社長である父で、専務である私が3代目になります」。

第一工場の事務所にて

3代目の使命をどうお考えですか?

「初代(祖父)が技術の礎を作り、2代目の父がその技術を使って新規の取引先を開拓し、OEMという形で商業ベースにしました。私は7年前に帰郷し、4年前くらいからリブランディングに着手してます。私が取り組んでいるのは、それまでのヤマチクの事業領域を広げるというよりは、深めるという感じでしょうか。今は特に自分たちの名前で売ってみたいという気持ちがあります。OEMでは大口の取引でも、ヤマチクの名前は一切出ません。じゃあそこでブランドを深めるために何が必要か。ウチの商品が良いと言ってもらえるだけではなく、ヤマチクが作っている竹のお箸だから選んでもらえるようになりたい。それと作っている人たちの顔がちゃんと見えるようにしたい。だから新しいことをやっているというよりは、これまでの57年間の事業の再定義していると思っています」。

原材料になる孟宗竹。大きくて真っ直ぐで美しい

家業を継ぐのは当たり前

実家が工場の敷地にある山崎さんは、学校から帰れば工場で働くお兄さんたちに遊んでもらったりして、社員の方々と家族同然に育ったそうです。

「だからというか、自分は継ぐのが当たり前と思っていました。大学を卒業して一度外に出て自分の実力を試してみたいと思い、2年ほどSE(システムエンジニア)をやってました。家業に関係ない若いうちにしかできないことをやろうと思って」。

そして24歳で帰郷したんですね。

「そうです。SEの仕事も楽しかったですが、家業を継ぐことは決めてましたから、とりあえず帰ってきました。今でこそ機械の前に立つことも減りましたが、以前はガンガン作ってましたよ。自分で作らないとわからないことが多いし、それこそ見積もりも出せない。今の仕事は、営業、経営、リブランディングなど、多岐に渡りますが、私のベースはそこ(製造現場)ですね。ものづくりは欠かせない要素です」。

昭和の『山崎竹材工業所』時代

女性が多い職場なんですね。

「現在社員数は26名、育休が1名。男性は4名。正直男性は欲しいですけどね。うちの仕事って地味なんですよ。女性の方が淡々と続けるのが得意なのでしょうね。それに子育てしながら働きやすい環境だし、昔から社員さん同士で補完し合うのが当たり前の社風なので。ウチの場合自然にそうなってるだけなんです」。

専用の機械を使い全部人の手で加工する。適材適所、得意不得意を共有しあって担当も決まるそうです

“やりたい”を大事に

コロナ渦で仕事が減った期間、社員さんたちの士気を保つため、6月に社内デザインコンペを開催したとお聞きしましたが。

「そう、休業できなかったんです。もしも生産を止めたら、竹を切る人たちの仕事がなくなる。するとその仕事を辞めちゃう可能性もあった。だから材料を入れ続けなければならない。だから工場を稼働させる必要があったわけです。とにかく手を動かさなきゃいけないけど、生産量は通常の半分。じゃあ、こういう時こそ開き直って“やりたい”を大事にしようと思ったんです」。

社員さん達からは30アイデアが出揃い、山崎さんと外部審査員数名も含め厳選なる審査で16アイデアが商品化されたそうですが、やってみてどうでしたか?

「商品化は1万円、大賞は10万円の賞金も出しました。コンペを開催したもう一つの理由に、商品開発、特にデザインが特別なものという意識をどうにかしたいという思いがありました。それまでクリエーターさんたちと社員数名のプロジェクト組んで、自社ブランド商品okaeri(おかえり)を作りましたが、他の社員から見れば、デザインとは何か特別なもので、自分たちにはあまり関係ないものになっていました。だけど本当はそんなことはなくて、こういうものが作れないかな、こうやったらどんなものができるのかな?って、実はみんなアイデアは持っているはずなんです。そういう好奇心が大切で、かっこいいダサいは関係ない。デザインって表面的なものではなくて、もっと作っている自分たちの内側から滲み出るものだと信じていたんです。ちなみに大賞を取った社員はokaeriの時のプロジェクトメンバーではなく、普段黙々と作業をしていた社員でした。コンペをやってみて、実はみんなのものづくりに対するクリエティビィティの層が厚かったってことが分かったことが、大きな収穫でした」。

社員あってのヤマチクだと、言葉の端々に社員への想いが滲む山崎さん

社内コンペから多くの製品が生まれて、社員さんたちの意識は変わりましたか?

「純粋に嬉しかったと思いますよ。テストマーケティングを鶴屋さんで行ったんですが、やっぱり売れるわけですよ。同じ竹の箸を作って売るにしても、自分がデザインしたものは気になるし力が入りますよね。普段からヤマチクの商品が店頭に、そしてお客様の食卓に並んでいるわけですが、そこにもっと“自分”がいるわけです。
それからですかね、こんな商品があったらお客様はどう感じるだろうか、とか、お客様はこういうものがあったら欲しいと思うだろうかとか、社員との会話の中でも“お客様”という言葉が主語になる場面が増えたと思います。それは以前と同じ作業をしていたとしても、クオリティにも雲泥の差が出てくると思います」。

社内デザインコンペ2020で大賞となった『きずな箸』。思わず触れたくなる絶妙な形が手に馴染む

次週、後編へ続く!

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