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ハイムMR | 萌える建築

ハイムMR | 萌える建築

Shinji Shimoda
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今回の建築

ハイムMR

工業化住宅にイノベーションを起こした

〝システムの夢〞

建築に萌えるロジックのスタッフが、身近な建築の萌えポイントを紹介する“ 萌え建”。
第 12 弾は工業化住宅にイノベーションを起こした「ハイム MR」

機能を追い求めていくと

美しいかたちになる。-いわば「機能美」

湖畔の通勤路。毎朝遠回りして走りたいほど気持ちの良い道です。その沿道に 1 件の古いセキスイハイムがあり、以前から気になっていました。きれいに住まわれているようで、何とも言えないノスタルジックさがありました。ある朝そのハイムの窓からカーテンがなくなっていることに気が付いて、「やや!ついに取り壊しになるのか?!」と慌てて玄関に回ってみました(こんな時発揮するロードバイクの機動力)。ガレージに荷物が運び出され、工事車両のトラックが止まっている。そばにいらっしゃったご夫婦にご挨拶をするとオーナー様でした。聞けばリノベーション工事中とのことで、私は思わず「よかった…」と呟いてしまう。何が良かったの?みたいな表情をされた K 様ご夫婦に名刺を差し出し、安堵とした理由と、見学させて欲しい旨をお伝えしました。

丁寧に貼り込まれたタイル敷のアプローチ。植栽もモデルハウス当時の名残りだろうか

私がハイム M1 だと思っていたその 住宅は、『ハイムMR』という M1 の改良版でした。K 様ご夫婦はそう即答されました。M1 とか MR とか、なんか速そうだし男心をくすぐるネーミング。ちなみに M は「モデル」の意味らしい。K 様ご夫婦は向かいのお家にお住まいでした。もともとご両親が住んでいらっしゃったこのハイム MR をリノベーションして、お引越しをされるのだそうです。そして今のお住まいは、ゆくゆくお子様世代に譲られるそう。「ちっとも良い家ではないんですよ。冬は寒いし夏も暑くて、何より天井が低いんですよ。どうぞ中もご覧になって構いませんよ。今はクロス工事中ですけど」。私が萌えながら写真を撮っていると、自宅に戻られていた奥様が、ハイム MR 購入当時のパンフレットを持って来られました。きれいに保管してありとても貴重な資料。しかも工事完了後にもう一度取材・撮影させていただけることとなり、それまでパンフレットもお貸しいただけることに。何と言う幸運!速攻スキャンです。

“ 無目的な箱” という概念

工業化住宅とはプレハブ住宅とも言い換えることができます。現在でもプレハブ工法・ユニット工法の住宅は一定のシェア(2015年で着工数の 15.8%)があるそうです。高度経済成長期を経て住宅供給のピークを迎えた1970年代初頭、工場で生産し現場で組み立てる、短納期でトータルコストを抑えることができる高性能住宅として、国を挙げて開発・販売されました。ちょうど第二次ベビーブーム世代の就学・進学時期と重なり、住宅需要もピークに達していましたから、時代とマッチしたのだと思います。そんな世の中の流れに各大手住宅メーカーもプレハブ住宅の開発・販売が花盛りの1970年、ハイム M1 が誕生します。住宅関連事業への進出したばかりの積水化学工業が、建築家・大野勝彦と協働で開発したユニット住宅。プロジェクトチームの社員は建築の素人同然で、二級建築士免許を取得するところから始まったとか。

1 ユニットは道路交通法で定められた運搬可能な最大サイズ(短辺 2.5m 以内)。軽量鉄骨ボックスラーメン工法のボックスは工場で作られました。

“無目的な箱” を基本とし、フレキシブルに用途を振り分けるという、まさに工業製品のようなデザイン。その新奇性は業界内の予想に反して意外にも市場に受け入れられ、初年度3000戸以上の販売実績を達成したと言います。そして販売開始から 7 年後の 1978 年には 2 万 5000 戸、10 万人の M1 ファミリーが誕生したと、お借りしたパンフレットにも記載されてありました。

クレーンで吊り上げられる施工現場〈ハイム MR パンフレットより〉
アプローチわきの水栓周り。長年大切に住まわれていたオーナー様ご家族の気配を感じます

ハイム MR は 成 功を収めた M1 の改 良 版として 1978 年から販売されました。M1 と MR の間に M2、M3 などがありますが、内外観の意匠を“家らしく”したハイムシリーズであり、プレハブ商品住宅としてその後の主流となります。 M1 の登場時には受け入れられた住宅らしからぬ奇抜なデザインは、性能を突き詰めていった副次的なもので、M1 が提案したかった本当の価値は、フレキシブルに拡張できる画期的なシステムの方だったようです。しかし売れた理由はそのシステムではなく、大阪万博の年に颯爽と登場した未来的なデザインが、一時的に受け入れられたのだろうということになっています。アップルの創業者スティーブ・ジョブスはかつて「出来上がった状態のイメージなしに購買意欲は刺激できない。多くの場合、人は形にして見せて貰うまで、自分が何が欲しいのかわからないものだ」と言ってますし、システムに購買意欲を掻き立てられる層はほんの一部。その後のプレハブ住宅の主流は、パッケージされた商品住宅にシフトして行きました。住宅需要が『量』から『質』へと変化したことも理由のひとつでしょう。システムや機能美溢れるデザインに萌えるのは、一部の建築マニアだけかもしれませんね。

ハイム MR パンフレット〈住まいづくり編〉の最初のページには、ハイム MR が描く未来の住宅ロジックが綴られています。現場工期30日、契約から100日後にはお引き渡しという、ルームユニット工法だから為せる驚異的なスピード感

システムの夢

リノベーション工事が終わった 6 月下旬、改めて撮影に伺いました。ご丁寧に工事完了のご連絡を頂いた K 様の奥様、今度は当時の図面を用意して下さっていました。湖畔のハイム MR は 1978 年、住宅展示場のモデルハウスとして建てられたものを、K 様ご夫婦のご両親が購入されたそうです。数年後、2 階のテラス部に 2 ユニットを増築。増築時の図面一式も完全な形で保管されていました。「昔は湖畔の花火大会もテラスからよく見えたと聞いてますが、増築しちゃって、今となっては広過ぎて…」と奥様。確かに 2 階の中央の部屋は、通り抜けなければ増築部分に行けない廊下と共通みたいな間取りになっていました。天井も確かに低いです(天井高2,250mm。一般的な高さより150mm ほど低い)が、『住宅とスポーツカーは低い方がかっこいい』とロジックアーキテクチャのBrand Founder・吉安 孝幸も常々言ってますし、そもそも屋根というものが無いのでさらに際立つ低さ。

M1、MR がなぜそんなに天井が低いのか分かりませんが、ユニットを重ねてもスパルタンなプロポーションにしたかったのでしょうか。そんな外観は連結部まで丸見えのデザイン。住宅の真ん中に外部空間が貫いているなんて誰が喜ぶのでしょうね(私はうれしい)。

確かに住宅らしくなくて、どこか未来を感じさせるデザイン。宇宙基地のよ うで、合体ロボのようで、男子は好きな人多いはず!と思っています

見せかけだけの飾りがはびこるご時世に、あえて 飾りたてることを避け、ファッション的な夾雑物 ※ を 排除した外観。 いつまでも美しく古くなりません。

ーハイム MR パンフレット〈住まいづくり編〉よりー

※夾雑物(きょうざつぶつ)=あるものの中にまじっている余計なもの

当時は現場施工に伴う費用・人手・時間のロスを省いて、品質・機能・性能の高い住宅を、より早く・安く・住み心地の良い住宅を供給する、という使命感が強かったのだと思います。1971 ~ 83 年まで 続いたハイム M1、MR、MR-Newの系譜は、住宅の概念を工業製品へシフトさせました。夢のシステムを作り上げようとしたその想いは、時代の潮流に生まれたエポックメイキングなのでしょう。住宅とは何か?を、今も私たちに投げかけてきます。『住宅は住むための機械』と言ったのは、かのル・コルビュジェ。彼が目指した“ 美しく住むための合理的な規則正しさ” を、ハイム MR はまとっていると思うのです。そしてこのハイム MR を 2 代にわたり大切に住み継いでいらっしゃる K 様ご家族の、お家に対する愛情の深さに深く感銘を受けるのです。

サンルームの出窓は当時のオプション。出窓の下部にはプランターが置ける
ユニットのジョイント部には隙間があり、向こう側まで抜けている 
基礎部もユニット単位なので外部空間が貫く。垂直方向にも光が落ちている
玄関脇には外構オプションだったフラワーボックスも完備

住宅の寿命が30年と言われているこの日本で、すでに40年以上も湖畔に建っているのですから。今回の取材を通して、とってもワクワクさせていただきました。これからさらに 3 世代、4世代と住み継ぐことを目指して欲しいと思っています。ありがとうございました。

《data》

ハイムMR

設計:大野勝彦+積水化学工業

1970年

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