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橋渡しする人 – 米野 真理子 – | kumamotoZINE

橋渡しする人 – 米野 真理子 – | kumamotoZINE

Shinji Shimoda

50年後も残るブランドをつくる

米野 真理子さんは熊本市安政町で、ワインと食をテーマに楽しく学ぶワインスクール、ピエスコートを主宰されています。ワインの味わい方・楽しみ方を広く紹介すると共に、熊本の優れた日本酒、球磨焼酎、特産品などの PR やプロデュースでも活躍されています。また最近では、お家で楽しむホームソムリエ(ホムリエ)を提唱し、YouTube チャンネルも開設。ソムリエを出発点に活動の幅を益々広げられている米野さんにお話をお聞きしました。

ソムリエ嫌いが出発点

■ソムリエになられたきっかけは?

「私、ちょうどバブルの頃東京の大学に通っていまして、雑誌などで調べたレストランなどにランチやディナーに行ったりしていました。でもお料理に合わせてワインを選ぶ時、ソムリエの方に『どのようなものがお好みですか?』って、聞かれるだけで冷や汗が出るというか、知識がないから希望も言えない。車の車種を聞かれているように全然わからない。今思えばソムリエはちゃんとした対応されていたと思うけれど、とても苦手だったのです。ひとことで言えばソムリエが嫌いでした(笑)。それでソムリエに頼らずともワインを選べたり、お酒屋さんに行って自分好みの美味しいものを見つけられるようになりたいと思ったのが、ソムリエを志すきっかけでした」。

そんな頃、大学の近くにフランス発祥のワイン学校が出来て、米野さんは軽い気持ちで通い始めたそうです。

「そこに通っている人たちは、ホテルマンやサービスマン、客室乗務員さんなど、主に接客業に関わる人たちで、皆さんソムリエの資格を取るために真剣に勉強してました。学生だった私もせっかくだからみんなとソムリエを目指してみようかな、と思い始めました。おかしいですよね、ソムリエ嫌いがソムリエを目指すなんて。それで資格を取るには飲食店での経験が必要だったので、22、23 歳くらいからビストロなどでアルバイトをはじめ、レストランとワインアドバイザー契約を結び経験を積みました」。

社会人になり、東京でモデルの仕事を始めた米野さんは、ワインの勉強も継続し、見事 29 歳でソムリエの資格を取得したそうです。

「モデルという職業は何かしらプラスαのものを持っていないと生き残れないと思っていました。バックボーンというか特技というか。それがその人の魅力として外見にも現れる。私の場合それが『食べること飲むこと』だったんですが、ある雑誌の編集者の方に『お料理とワインのことについてコラムを書いてみない?』って声をかけてもらって。それで私自身もワインにまつわる仕事をしていきたいなぁと思い始めていましたから、少しずつそういう方向になっていきました。モデルとして際立って高身長でもない、年齢的なこともある。20代後半になって、これから次の自分をどうプロデュースしていこうかと考えている時期に、ちょうどワインが自分の“柱” になるような気がしたんですよね」。

しかしその後、熊本に帰ることになり、先行きの見えない状況に。

「熊本帰っちゃったらもうワインの仕事はできないなぁと思ってましたし、実際そうでした(笑)」。

しかし追い風が吹きます。1995 年ソムリエ世界大会で田崎 真也さんが世界一になり、日本にもワインブームが到来。遅れて九州にもその波がやってきました。米野さんを気にかけてくれた方から、とあるお酒の問屋さんを紹介されたそうです。福岡の地酒・地焼酎専門だったその問屋さんの社長さんが、「これからワインは日本で流行りますか?」と尋ねられ…

「もちろん流行りますよ!とお答えしたら、じゃあワイン部門を任せたいとおっしゃられました。しかし私はワインには詳しくても、卸業や小売のことは素人でしたので、それから経理学院などに通い勉強しました(笑)。やれるかどうかではなく、素直にやりたいと思っていましたから」。

手探り状態で始めた問屋のお仕事でしたが、その後タイミングも良く、問屋から小売店、それから FC 展開と、今や120店舗で展開されているそうです。

「今も企画とバイヤーをさせていただいています。東京に居続けていたらかえってそんな経験は出来なかったかも知れません。その問屋さんに出会えたことで、私は新たなステージを頂いて、問屋さんには私の持っているノウハウを役立ててもらうことができました」。

ワインを通じ今度は人に教えることのおもしろさも感じ始めてたという米野さん。最初は周りのスタッフ、取引先の酒屋さんなどにワインセミナーを開催。その後ソムリエになりたい人たちも慕われるように。

「企業さんからもワインセミナーをやってくれないかというお声がけをいただけるようになり、しばらくは貸しスタジオなどで開催していたんですが、そのうち自分でもスタジオを持ちたいと思い始めて、2006年にこのピエスコートを始めました」。

これまでで最も近い取材先となった米野さんのピエスコートは、ロジックアーキテクチャの安政町社屋から徒歩 1 分。白川沿いのビルの 1 階にあります

ジャンプしていくところに

「ワインスクールにはフラワーアレンジやケーキ職人さんとか、とても素敵な生徒さんたちに恵まれてきました。ワインエキスパートの資格を取って、フードライターなったり、カフェ店員だった子がワインのバイヤーになったり、世界的某シャンパンメーカーの日本支社の社長秘書になったりと、私の妹・弟たちがここからジャンプして巣立っていきました。熊本から出ていきたいけれど自信がなかった子たちが、ここから自分の夢に向かって育ってくれているのが嬉しいです。そして彼らが戻ってきた時には、熊本にいる私たちに刺激を与えてくれて、元気をもらえます。不思議ですよね、ソムリエ嫌いだった私が、今ではソムリエを育てる仕事もしています(笑)」。

■ワインの魅力は?

「幅の広さ。奥が深いところです。ワインって新しいことと古いことの両方があって、とにかく飽きないんですよ。ところでワインっていつ頃から飲まれていると思いますか?私がワインの勉強を始めた頃は、紀元前三千年と言われていました。ところが考古学が発達して遡れば遡るほど、すでにそこにはワインがあって、今では紀元前七千年と言われています。歴史がどんどん変わっています。日本でもワインが作られ始めたのは明治時代と言われていましたが、熊本ゆかりの永青文庫の資料の中から、小倉藩主だった細川さんが“ぶだう酒を献上するように”と書かれた、御触書が一昨年発見されて、ブドウ栽培・ワイン醸造が江戸時代まで遡ることになりました。

真摯なお話ぶりからもワインへのひたむきな愛情を感じました。エレガントでいて博識、まさに大人の女性

また、雨の多い日本の風土に合うブドウを品種改良し、昭和の初めにはマスカットベリー A やブラッククィーンなどの品種もできました。ワインの製造は産業政策の一環だったのです。ちなみにワインに含まれる酒石酸という有機化合物は武器(音波防御レーダー)製作にも必要なものだったという逸話もあります。日本のワインの歴史を紐解くだけでも、いろいろおもしろい話があるんです。そうやってワインを中心にどんどんいろんなものが見えてくる。歴史や地理にも興味が湧くし、ワインを通じて興味が広がるんです。興味を持つと今度はにそこに行ってみたいなぁって、目標もできるし、飽きないんですよね。そして夢があります」。

お美しいだけではなくとても博識な米野さん。ワインか ら見えてくるその広い世界が、お話から感じられます。

■お料理にワインやお酒の合わせ方は?

「我が家では同じ料理なのに夕食の時、父は焼酎、母は日本酒、弟はビール、私は日によって色々なワイン、と好き勝手に飲んでいました。ワインの場合は生姜、山葵、醤油、マヨネーズなどの調味料を選ぶみたいな感覚で、今日のおかずなら何が合うかな?って、少しずつ意識していくとうまく合わせることができると思います。経験というより、意識するだけで良いです。ワインの場合も一般的には魚には白ワイン、肉には赤ワインと言われていますが、一度それを忘れることをお勧めします。魚でもタイやヒラメの白身のものと、カツオやマグロの赤身のもの、馬肉と豚肉を一括りにはできない。わかりやすいのはお料理の “色” で合わせる方法。鳥のささみの場合も白ワインの方が合う場合もあるし、マグロやカツオを醤油で調理すれば、赤ワインの方が合うでしょう。鯛でもお煮付けにすれば赤ワイン、角煮だったら重厚な赤ワインが合いそうだなとか。豚しゃぶをサラダ仕立てで食べるのならさっぱりした白ワイン。ゴマだれだったらちょっと果実味のある黄色っぽい白ワインを合わせるとか、生姜焼きだったらロゼワインでもいいですよね。そんなふうに、素材の色と調理方法で、お料理が白っぽいのかピンクっぽいのか、赤っぽいかという感じで合わせると良いと思います。わかりやすいでしょ?」。

YouTube チャンネルでも、ホムリエを楽しむ簡単でおつまみに最適なお料理づくりもUPされてますよね。とっても美味しそうです。それから日本酒や焼酎にもお詳しいんですね。

「熊本をはじめ九州には美味しい日本酒・焼酎があるんですよ。日本人のソムリエならば日本のお酒のことも知っておくべきだと思っています。特に熊本は日本酒が作られる最南端でありながら、“熊本酵母” という有名な酵母菌が熊本酒造研究所で開発された歴史があります。素晴らしい香りの吟醸酒ができるということで、明治から昭和にかけて、“香露詣” と言われるくらい、秋田や新潟からも熊本に酵母菌を分けてもらいにくることもあったそうです。それくらい素晴らしい酵母なんです。それから焼酎にも興味が出て、蔵元にお邪魔したり、オリジナルの球磨焼酎を作ることになったりしました。熊本ってすごくて、日本酒の神様がいて、上質な米焼酎もある。特に人吉は米どころで、お米を食べられることだけでもありがたい時代に、美味しいお米が余るほどあって、これでお酒を作り始めたそうなんです。だから素材のプレミアム感が違います。熊本はミネラル豊富な水と大地で育つもの全てが特産品なのです」。

『こめの』

15 年くらい前にあるご縁からオリジナル焼酎を人吉の蔵元とつくることになった米野さん。そのきっかけは?

「当時の球磨焼酎は、ロックでも水割りでも~みたいなキャッチフレーズで、ラベルには杜氏の名もなかった。酵母は何を使い、どんな料理に合い、どんな飲み方がおすすめなのか、もっと主張するべきだと提案させてもらったんです。それに賛同してくれた蔵元が、白麹、黒麹、黄麹を使い、それぞれの蔵元の作り方で、ちゃんと杜氏の名前を入れて、オリジナルの球磨焼酎を一緒に作ることになったんです。ブランド名はお米の焼酎だから『こめの』にしようということになりました。少し恥ずかしかったですけど(笑)。その頃ワイン瓶の再利用問題も気になっていたので、リユース瓶で販売しました。例えばドンペリの瓶に焼酎が入ってたらおもしろいな、みたいなコンセプトで」。

銘柄:こめの
製造元:深野酒造本店/渕田酒造本店/ 恒松酒造
原材料:全量球磨米
容量:750ml(ワインリユースボトル)
発売元:鳥越商店 熊本県人吉市西間上町 810-1
TEL:0966-22-2375

しかし、米野さんは衝撃を受けます。実は当時、球磨焼酎の中には球磨米はおろか国産のお米も使っていないものもあったとか。麦や芋との原価の差を埋めるために海外米や壊れ米を使用していた蔵元もあったと言います。

「それおかしくない?って言っちゃいました。ボルドーワインはボルドーのぶどうで作るからボルドーワインなのに。せっかく球磨の美味しい球磨米があるのに。ファンは球磨の歴史とブランドを飲んでいるのにって。それでちょっとカチンと来て、じゃあ高くてもいいから正真正銘の球磨米で作ってくれる人と、本物の球磨焼酎を作ります。そして私が責任を持って売りますからって」。

当時の規定では “お米” と球磨川水系の水で作られていれば球磨焼酎ということだったらしいのです。球磨米は麦や芋より原価が高くなるので、価格で張り合えない。しかしその後、事故米が社会問題になったり、地産地消の意識、トレーサビリティ(食品の移動を把握できること)に注目されるようになり、今では県も“球磨のお米を使いましょう。休田で球磨米を作る支援もしましょう” ということで、産地補償されるようになったそうです。そして2018年に球磨焼酎の規定が “日本のお米” と球磨川水系の水となりました。

「賛否両論ありました。価格競争で負けてしまえば球磨焼酎を作り続けることだって難しくなることも事実。でも、もしも東北の有名な日本酒の蔵元が、東北のお米で焼酎を作り始めたとしたら、球磨はどうやって太刀打ちするんですか?って聞いたんです。水で戦うんですか?だったら水焼酎と言えばいい。球磨焼酎と言ってるんだったら球磨米の美味しさ、ブランドで闘わなきゃって。コストの問題はありますが、それだと50年後には残らないと思いました」。

スタジオの一角に球磨焼酎が並んでいました。傍らには募金箱も

球磨のこと

「今回の水害は本当に大変な被害です。浸水した蔵元もたくさんあります。しかし注目されていることも事実です。今まで球磨地方のこと、そこで作られている球磨焼酎を、今回の水害で初めて知った人たちも大勢いると思うんです。私も微力ながら YouTube チャンネルで、球磨焼酎の魅力を発信したりしています。危機であると同時にこれはチャンスだと思うんです。復興したあかつきには、またぜひ人吉にいらっしゃいと言える日が来る。その時までにちゃんとロジックを組み立てて新しい球磨を発信していけば、今まで以上の何かが生まれると思っています。ソムリエ協会でも今、タンクに残ったもので復興焼酎を作って、再建に役立てられないか計画中です。大変な時期はまだしばらく続くと思いますが、復興へのお手伝いを少しでもさせていただきながら、一緒に盛り上げていきたいと思っています」。

■米野さんの信条は?

「楽しいなと思うことしかしないです。だけど自分のためだけは嫌。お金になるかならないかよりは、自分が楽しいか、誰かが喜んでくれるか、ということが基準です。会社を大きくしたいとか多くの人たちを巻き込みたいとか、そういう野望はないですね」。

おそらくこれからも同じだと思いますが、米野さんはワインスクールだけではなく、月に 1 回ワイン会も開催されています。第三金曜日の夕暮れ時よりピエスコートを開放し、いろんな人たちが交流できるオープンサロンです。以前 GranT一級建築士事務所もオーナー様との交流会として参加させていただきました。

「転勤してきた人が、ここに来ればいろんな人と知り合えると聞いて来ました、という方もいらっしゃいます。会の中でお知らせをしたりして、繋がりを作る場として活用されていて嬉しく思います」。

■スクールやサロン運営の他にも、ホテルや酒造メー カーとの企画プロデュースやコンサルタント業などでお 忙しい米野さん。今後の予定や目標などはありますか?

「そうですね、今までもやらせていただけることを、チャレンジしているうちに次が見えてきたというか、考えるより先に動いていました。やりながら考える感じで計画性はないんです。だから周りにはとても迷惑をかけてきたかも知れません。米野真理子被害者の会とかありそうです(笑)。これからはもっと地元熊本のために活動したいですね。商品開発のお手伝いとか、蔵元さんたちの魅力を活かし、人に感動を与えるポイントを一緒に考えてお手伝いしていきたいです。酒造りは真面目でないとできないとても大変な仕事ですから」。

自分の想いに真っ直ぐで、ワインを愛し、熊本を愛し、熊本で生まれる美味しいもの、価値あるものを愛し、ワインと人、人と人を橋渡しする、そんな米野 真理子さんでした。

Wine school 潜入レポート

取材日の夜にワインスクールが開かれるということで、飛び入り参加してきました。ソムリエの資格を目指す 6 名の生徒さんと一緒にテイスティングに挑戦!

ピエスコート

熊本市中央区安政町 8-11 ピュアセラピ-水道町 1F
tel.096-324-1810

『ソムリエ真理子』

お家で気軽に楽しむワインのある暮らしをテーマに、おうちで気軽にお酒を楽しむ「ホムリエ講座」。
お料理に合うワインの選び方や、失敗しないソムリエナイフの使い方とボトルの開け方など、ちょっとした知識があるだけで楽しみの幅がグンと広がるポイントを伝授!7 月からは人吉の球磨焼酎を紹介。実は“ 球磨焼酎” は、日本で4か所しか認定されていない地域の名前を冠することのできる数少ないブランド焼酎であり、長い歴史と伝統あるお酒なのだそうです。米野さんが飲み比べながら、それぞれの銘柄の味わいをわかりやすくお伝えされています。

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