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境界を歩く人 – 坂村 岳志- | kumamotoZINE

境界を歩く人 – 坂村 岳志- | kumamotoZINE

Shinji Shimoda
花と骨董と喫茶 さかむら
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花の道へ

“結局のところ、すべての芸術は自叙伝なのである”  D・カーネギー

人はよく分からないものに出会うと、すでに知っている何かに置き換えて定義したがる。なぜなら早く安心したいから。私もそうです。恐怖の産みの親は未知。推測ですが、未知なるものをそのまま受け入れることができるなら、芸術の髄(ずい)までも味わい尽くすことができるのだろうと思います。音楽ならメロディの心地良さとか、詩の味わい深さなどで、人それぞれ楽しむことができると思いますが、こと“花”(花道)となると、門外漢にはピンとこない。と、ついつい思ってしまう。なんとか流のしきたりや専門知識が必要だと、頼まれもしないのに思い込んでいる自分がいる。

しかし、すべての芸術が自叙伝であると仮定すれば、芸術=人。人に惹かれることと同義であり、芸術に惹かれることに、そもそも理由なんて要らないのです。訳がわからないけれどなんだかゾクゾクする。そのような出会いがあることがすでに、幸せなことではないでしょうか。

花人、坂村 岳志さんに出会ってから、ますますその想いが強くなりました。会う前もそんな予感はしていましたけれど。きっかけは毎月熊本日日新聞に連載中の『知春草生(しゅんそうのしょうじるをしる)』という坂村さんの寄稿文です。自由奔放で軽やかな文体からは季節の情景が浮かび上がり、添えられているいけ花の写真も斬新な佇まいで命の営みを描き出しています。坂村 岳志さんは東京都出身の47 歳。花人であり、熊本市中央区南千反畑にある『花と骨董と喫茶の店 さかむら』の店主です。先日お店に伺いインタビューをさせていただきました。

「以前は東京都港区西麻布で骨董と喫茶の店をしてました。10年やってそこそこお店は有名になりましたけど、人々の認識はいつまで経っても“いけ花が上手な骨董喫茶の店主”。あくまで花が主であると思う自分とのギャップに、フラストレーションを感じていました。そんな時、東日本大震災が起きて、それを機に熊本へ移住を決意したんです。きっかけはその2~3年前、友人の結婚式で初めて熊本を訪れた際、立田自然公園の泰勝寺跡にある茶室・仰松軒(こうしょうけん)を見学させてもらって、「ここでいけたい!」と思ったことが、心の片隅にずっとあったからです。それまでも東京で『花の会』(展示会)を定期的に開催していましたが、毎回会場を借りてアシスタントを雇っていたら30~40万円ほどかかってしまう。聞くと仰松軒は安く借りられると言うじゃないですか。あんな素晴らしい茶室が身近にあって、低価格で利用できる。こんな贅沢な環境はない!と思いましたね。それで東日本大震災が起きて、方向転換する踏ん切りがついたというか、一度死んだと思ってやりたいことをやろうと思ったわけです」。

坂村さんが花と出会ったのは24 ~ 5 歳の頃、大学卒業後なんとなく会社員生活を送っていたある日、ある花人の花と出会い、理由も分からず「これだ、自分はこれがやりたいんだ」と思ったそうです。ちなみにそれまで、いけ花とは全く無縁の生活だったそうです。

「その時どうして花をやりたいと思ったのか、今ならその理由を幾つか並べることはできると思います。でもそれはあまり意味がない」。

インタビュー慣れはしていると言う坂村さんだが、説明してしまわないその語り口にますます興味が湧きます。

「僕が花をやると決めて最初にしたことは、辞表の書き方を調べたことです(笑)。僕はその衝撃を受けた花人に、すぐに弟子入りするつもりでしたが、結局1 年以上待ちました。でもすでに会社は辞めてたので、とりあえず喫茶店で働きながら花の道に足を踏み入れたわけです。数年間修行して、麻布に自分の店を構えたのが29歳くらい。最初は自分の花を見てもらうための場所として。花をいける器を集めていたので古物商ができる。生業(なりわい)として喫茶店ならできる。と言う感じで今のスタイルになりました。でもあくまで花が主です。お店は事務所みたいなものです。喫茶店なんて儲かるはずないでしょう(笑)」

さかむら店内には、坂村さんの独特のセンスが光る不思議なモノがたくさん
中国の陶器製のかわいい羊。かなり古いものらしい
『花と骨董と喫茶 さかむら』の外観。一見お店なのか?とためらうけど、店内は落ち着いた雰囲気です。4 月中旬、木香薔薇が星座のように咲き乱れていました。ちなみに木香薔薇の花言葉は『純潔・初恋・素朴な美』など
1月の『花の会』は取材のアポなしで訪れたので茶室内の写真はなし。代わりに私の拙いボールペン画でその時の衝撃をお伝えします。小間の茶室には時代物のまな板の上に、松・クリスマスローズ・シダが須恵器にいけられ、墨蹟窓(ぼくせきまど)からのひと刷毛の光が、いけ花を幽玄に浮かび上がらせていました。画材にボールペン(しかも書き味が一番滑らかではないもの)を選んだ理由は、茶室に踏み入れた瞬間に感じた強烈な〝圧〞を表現するため

私が坂村さんの花を初めて拝見したのが、2020年1月末に仰松軒で行われた『花の会』でした。気になっていた熊本日日新聞の寄稿文を再度目にし、HP を拝見すると、毎月開催されている『花の会』が2 日後ということを知り、行ってみようと思い立ちました。立田自然公園内にある泰勝寺跡。苔むした庭園に真冬のツンと張り詰めた空気。泥土色の池には等間隔に浮かんだデコイのような身動きしない鴨達。冬の物寂しさが立ち込めていました。仰松軒は池の向こう、園内の奥まったところにあります。開場時間まで散策をしていたら、バケツを手に園内を足早に歩いていく男性が2 人。仰松軒に入ると右に左に忙しく立ち回っていました。その一人が坂村さんでした。開場時間となり坂村さん自ら露地門を開けます。私の他にも2 ~ 3 組の来場者。展示は腰掛待合所・小間の茶室・広間の茶室の3 箇所。花材は梅の花に梅の倒木、熊笹、檜(ひのき)の枝やクリスマスローズなどでした。花材は花屋で購入せず、路傍(ろぼう)の草花などを山に分け入り採取するそうです。

「ほとんど取ってきた状態のまま使います。ハサミを入れることは最小限です。いける時ですか?何も考えません。花が、教えてくれます」。

坂村さんが毎月『花の会』を開催している茶室『仰松軒』は、千利休に師事し茶人(細川三斎)としても名を馳せた肥後 細川家初代当主、細川忠興の原図をもとに、大正12年に細川家の菩提寺でもある泰勝寺跡に建築(復元)されたもの

おっしゃる通り、作為的に見えないのだけれど微かな所作があります。そして野山の気配も感じます。坂村さんの解説を伺いながら、しばし薄暗く幽玄な茶室の空気に身を委ねます。しばらくして坂村さんから差出されたココアとチョコレートにほっと一息。特に小間の茶室と広間の茶室にいけられた花には、えも言われぬ心地良い緊張感が漂っていました。ワビサビが朝露を纏い、レスイズモアがあやとりをするとしたら、きっとこんな感じなのか。花の周りには野山の風景が染み出しているかのようなのでした。

枯れかけた彼岸花

「花をいける器を集め始めて以来、古物商もしていますが、仕入れの時など、この美しさ(価値)は自分くらいしか感じないだろうな、なんて思う品もしばしばあります。でも意外とそういう物から売れたりするんですよ。花材でも枯れかけた彼岸花とかに僕は“美” を見出す人間。命の危うさと力強さが入り混じる姿に惹かれるのです。本来日本人はそういう美意識を持っていると思うんです。実は気づいていないだけで。だから、僕は“翻訳” しているだけなんです。もしも花の会などの作品から、美を感じ取っていただけたら、花人として本望です」。

坂村さんの花は、自然のままのようでいて、自由な所作に溢れています。どこの流派にも属さず、己の美にどこまでも忠実。芸術家というより“翻訳者” という役割がまさにしっくりきます。

さかむら店内は、どこまでが売り物でどこからがインテリアなのか曖昧な空間。まさに“ モノの価値” を問われているよう

「毎月開催している花の講座にも幅広い世代の方々に参加いただいています。遠くは長崎や福岡からも。プロ養成講座ではなく、日々の楽しみのための花を教えています。剣山も使いません。必要ないからです。生徒さんは日頃使わない頭脳や感覚にドキドキされているようです。そして皆さん、毎回くたくたになって帰られます(笑)。『先生、私も家で枯れかけた彼岸花をいけて見ました~!』って健気に報告してくれたりしますが、『あ~、そういういけ花はそれが成立する場所でやってください。お家ではできれば瑞々(みずみず)しい花を…』ってこともありますが(笑)」。

時代を感じさせる木製の 窓枠と磨りガラス。窓の外には木香薔薇。木漏れ日をまといお店全体を優しく包み込んでいます

獣道は空気が澄んでいる

「花をやってて良かったと思うことですか?それは毎日思いますよ。花人になって毎日発見があり感動があります。お店の開店前に山を散策することを日課にしていますが、道中思案にふけったり、季節の移ろいを観察したり、原稿のアイデアを見つけたり、これも日々発見があります。ただ登山道ではなく主に獣道ばかり選んで歩きます。人が大勢歩く登山道とは違い、獣道の行先には驚くほど空気が澄み切った場所が突如現れたりして、びっくりしますよ」。

イタリアの映画館で使われていた木製の三人掛けの椅子。これが教会のものだと背もたれが直立 しているそうです

やはり坂村さんはあちら側とこちら側を行ったり来たりできる、境界を歩く人なのかもしれない。花を通して現代の私たちが目を向けようとしない、または読もうとしない己の自叙伝を、私たちの代わりに翻訳している。

そして、坂村さんが路傍の草花を『いけ花』というカタチに落とし込むとたちまち、情緒あふれる自叙伝となる。伝わりやすいのはそれが日々研ぎ澄まされているからに他ならない。私も澄んだ空気を吸い込みたくなった。

後日、坂村さんからお電話をいただいた。

さかむらの人気メニューのひとつ『コーヒーサイダー』。その名の通りコーヒーをサイダーで割ってあり、味もまさにそんな感じ。「なかなか評判なん ですけど、自分は飲んだことはありません」とは坂村さんの言葉。ズコッ~!

「残念ながら次回の花の会は未定になりました。なんちゃらコロ助のせいでね。花材もお菓子も用意したのに…。それはそうと、そろそろお店の前の木香薔薇が見頃ですよ」。

そう聞いて、なんだかまた心地良いあちら側を垣間見たくなって、のこのこ珈琲をいただきに行くのです。世の中のコロ助騒動が消息し、また『花の会』が再開されたら、坂村さんはどんな花をいけるのだろうか。楽しみで仕方がない。

2015年7月の『花の会』より 写真提供/坂村岳志

花と骨董と喫茶 さかむら

熊本市中央区南千反畑5-15
tel.090- 9397- 6501

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