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宝塚ホテル(旧館)| 萌える建築

宝塚ホテル(旧館)| 萌える建築

Shinji Shimoda
宝塚ホテル(旧館)

今回の建築

宝塚ホテル

( 旧館 )

第11 弾は兵庫県宝塚市梅野町にある

「宝塚ホテル(旧館)」

94 年の歴史を刻む

阪神間モダニズムを代表するクラシックホテルに

チェックイン!!

宝塚ホテル(旧館)
開業当時のエントランスホールは重厚な石造りの階段。深紅のカーペットが印象的。その先は昭和37 年に増築された東館で、現在のエントランスホールがある

伝統と文化を〝引き継ぐ〟ということ

私の妻と娘(11 歳)は大の宝塚歌劇団のファンである。特に宙組の公演はことあるごとに観劇していて、家の中、車の中問わずDVD やCD をかけまくる。同郷・高校の後輩でもある男役トップスター真風涼帆は、男の私から見ても確かにかっこいい。

そんな妻が「宝塚ホテルが移転するのよ。旧館の営業は2020年3 月31 日まで。宝塚音楽学校の受験生を受け入れた後に閉館。その前にパパも泊まってみない?萌え建だと思うけど…」と、数回宿泊した経験のある妻に誘われたのが昨年の晩夏。そう言うわけで行ってみました。

宝塚ホテル(旧館)
フレンチレストラン『プルミエ』横の廊下は、以前はテラスで、外部(パティオ)に繋がっていました。ちなみに廊下の隅にiPhone カメラをかざしたところ、顔認証が2 つも現れてビビりました(汗)
宝塚ホテル(旧館)
廊下を外から。開業当時は小玄関があった。眼前にはテニスコートがあり、リゾートムードが漂う
宝塚ホテル(旧館)
昭和31年の玄関ロビー
創業当時の宝塚ホテル
1926 年( 大正15 年) 創業当時の宝塚ホテル(館内展示写真より)。『歌劇と湯の街』として有名になり、神戸や大阪などから人々が押し寄せた

宝塚ホテル(旧館)は1926(大正15)年5 月14 日、当時としては先進的なリゾートホテルとして開業。アール・デコ様式を取り入れた西洋風の外観は、周囲の六甲の山々や武庫川の風景に溶け込んでいました。

設計は戦前に活躍した阪神間モダニズムを代表する建築家、古塚 正治 氏(ふるづか まさはる1892 年-1976 年)。1915 年(大正4 年)早稲田大学理工学部 建築学科卒業後、宮内省内匠寮勤務。1923 年(大正12 年) 兵庫県西宮市内に建築設計事務所を開く。代表作には西宮市庁舎(1928 年竣工)や、宝塚ホテルの分館としてスタートした六甲山ホテル(1929 年竣工・現存)もある。宝塚ホテルは設計期間を逆算すると独立直後の大型案件ということか?

宝塚ホテル(旧館)は開業当時、神戸・大阪から30分前後と言う交通の便の良さもあり、日帰りだけではなく長期滞在客も多かったと言います。中には別荘として利用する人もいたそうです。

創業当時の宝塚ホテル本館。
ピュースモンテ(砂糖菓子)で作られた創業当時の宝塚ホテル本館。昭和61 年5 月14 日に製菓販売部のスタッフの手による

戦後は1945 年から10年間、進駐軍の将校宿舎として使われた後、ホテル業を再開。その後3 度の新館増築を経て、ホテル機能の充実と規模の拡大を図りながら、現在に至るまで多くのお客様をもてなし続け、宝塚大劇場のオフィシャルホテルとしても、関連イベントなどが開催されてきました。

しかしながら、経年により躯体や基幹設備の老朽化が進んでいることに加え、現行法上の耐震基準を満たしていないことなどから、宝塚大劇場の西側隣接地に、2020年移転・新築することになりました。

仏蘭西料理『プルミエ』
開業当時の大食堂は仏蘭西料理『プルミエ』に。代表的なお店だったそうだが、新宝塚ホテルには移転せず、旧館とともに閉店した。今回ランチを頂いたが、お料理はもちろ ん心遣いのこもったエレガントなサーヴィスが印象的だった
宝塚ホテル(旧館)
植物がモチーフのアール・デコ調レリーフと、特徴的な台形窓。宝塚大劇場オフィシャルホテルならではの案内看板もある
ビアレストラン『ビアケラー』
元球戯室はビアレストラン『ビアケラー』。入り口のステンドグラス
ビアレストラン『ビアケラー』
ステンドグラスを『ビアケラー』店内から

宝塚ホテルのプレスリリースによると『開業以来、90年余にわたり培ってきた伝統を新ホテルへ伝えるため、阪神間モダニズムと称されるクラシカルなデザインを継承します。切妻屋根や壁面などに描かれている植物モチーフのレリーフや、建物の外壁を特徴づけるドーマー窓(※)と半円形屋根、アーチ付き天井を持つ回廊、階段の手すりに施された装飾などを復元するとともに、現在のホテル館内に飾られている緞帳(どんちょう)や、宴会場内のシャンデリアを新ホテルに移設し、今後も宝塚の街のシンボルとしてご愛顧いただけるホテルを目指します』とのこと。

※ドーマー窓=大屋根に小さな切妻屋根を張り出し、垂直に設置した窓
宝塚ホテル(旧館)
思わず触れたくなるアール・デコ調の手摺り
宝塚ホテル(旧館)
温かみのある壁シャンデリアの灯が、解体前で補修されていない劣化したままの壁面を優しく照らす
宝塚ホテル(旧館)
滞在中、披露宴が行われていました。祖父母、両親、そして子の3世代で結婚披露宴を行った夫婦もいるとか。ちなみに宝塚出身の漫画家、手塚治虫もここで挙式・披露宴を行ったそう

宝塚マダム

宝塚大劇場
宝塚大劇場と武庫川をわたる阪急電鉄。マルーン色と呼ばれる独特の茶色

チェックアウト後のひととき。私は名残惜しく写真を撮っていました。ロビーのソファーに上品なマダムがひとり座っていることは、ファインダー越しに確認していました。誰かを待っているようでいて、誰かを待たせているような不思議な雰囲気。待ちくたびれた私の家族たちが同じソファセットに腰かけ挨拶を交わし始めました。

花のみちセルカ
花のみちセルカ
『花のみちセルカ』
宝塚駅に隣接するショッピング街『花のみちセルカ』には、宝ジェンヌ行きつけのお店も多い。舞台を終えた食欲旺盛なジェンヌ達もふらっと来店しそう。 今回の写真は殆どフィルムライカで撮影しました。空気感を描き出すのが得意なズミクロンレンズ50m m が大活躍

上品なマダムは地元宝塚市民。「これから梅田に出かけるのだけれど、家を出るのがちょっと早過ぎたものだから、ここで時間を潰していましたの」とのことだった。まるで我が家のリビング的な使い方。世間話の中で、先日ウィルキンソン(宝塚発祥の炭酸水)の泉源に再建された石碑の除幕式のために、イギリスから来られたウィルキンソンさんのひ孫さんをあちこち案内され、自宅での食事に招いたことなどを、嫌味なくさらっと話されました。なんという要人感!

「でも、流れる歳月の前にはどうすることもできないわね…」。

それはこのホテルの運命のことだ。パティオを眺めながら一瞬寂しそうな表情を浮かべた後、マダムは私たちの今日の予定を聞いた。「是非、またいらしてくださいね」。私たちは見送ってもらいながら、記念撮影の1枚でもお願いすれば良かったと後悔。

宝塚ホテル(旧館)
本館2 階はウェディング関係のフロア。写真スタジオや衣装部屋などがパティオを取り囲んでいる。 カメラマンが顔を出していた窓は撮影の定番ポイントなのだろう。廊下はホテルの歴史を伝える古い写真が並ぶギャラリー
宝塚ホテル(旧館)
宝塚ホテル(旧館)
ヨーロッパの街角をそのまま持ってきたようなパティオ。結婚式の他、宝塚歌劇団の写真撮りなどにも使われる

地元の人々にも愛され続けた宝塚ホテル(旧館)。歴史を積み重ね醸し出されるホスピタリティー。

宝塚ホテルを愛するあのマダムのように、記憶の中の思い出は決して色あせることはないかも知れません。

しかし、人々の宝塚ホテル(旧館)の記憶は、やがて薄らいでいくでしょう。

「何か引き継げるものはないものか…」。

その後、駅に向かう途中、宝塚大劇場横に建設中の新ホテルを見て思った、

「あれ?! 同じだ」。

連綿と伝統が引き継がれていくトップスターの如く、宝塚ホテルの物語もきっと第2幕へと続くのだ。

そんな大舞台に立ち会った気がしました。

「新宝塚ホテルにも来てみたいね」。

旅の終わりに家族でそう言いあえて良かった。

新宝塚ホテル
囲い幕が取れて全貌が見え始めた新宝塚ホテル︒継承された意匠も多く︑隣の宝塚大劇場とも一体感のあるデザイン
新宝塚ホテル
囲い幕に宝塚ホテルのシンボルでもある窓枠のデザインが。遊び心というのか、工事中にも市民やファンを安心させる心遣い。同じ建築に携わる者として見習いたい
新宝塚ホテル
“ 花のみち” から見上げた新宝塚ホテル。新型コロナウィルスの感染拡大により当初5月14日だったニューアルオープン日時が6月21日に変更となった。物語の第2幕がいよいよ始まる

《data》

宝塚ホテル

 

〒665-0004 兵庫県宝塚市梅野町1-46

tel/0797-87-1151

宝塚ホテル(旧館)
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