今回の建築
吉岡 孝樹 邸
「玉手箱」と表現される吉岡 孝樹 邸。そこから出てくるのは浴びたら年を取ってしまう雲煙、ではなく素敵な暮らしぶりを見せる元シンケンスタイル吉岡さんとその奥様。中を覗けばご家族と共に歴史を刻んできた、愛着がたっぷり詰まったお家でした。
※吉岡さんには現在、株式会社ロジックで、『住まい方・暮らし方』アドバイザーとして、毎月研修を行っていただいております。研修のお話は毎回「吉岡さん家のたのしい経過報告」からスタート。その素敵な暮らしぶりに魅了されるスタッフも。
こつこつ「育て上げた」家

ジブリ映画に出てきそうな、物語的な佇まい。その正体はおそらくこの圧倒的に生い茂る緑のせい。昔の写真を確認すると、住み始めからこうはいかなかった模様で、木の葉が少なくお家の様子を通りからしっかり確認できます。今見るとなんだかくすぐったい感じ。それをここまで育て上げたのはやはりこの家で過ごした17年間の賜物。毎日の植栽のお手入れは欠かしません。一日の始まりは道に落ちる葉の掃除から。漲る豊かさはひと手間の積み重ねから成っているのです。

暮らす「場所」
熊本から車で揺られること2時間、鹿児島に建つ吉岡さん宅に到着すると、家を眺める間もなく少し歩いたところにある小高い土地に案内された。まずはちょっと遠巻きに家全体を眺めてみる。少し静かな住宅街。すり鉢状の土地の先端、一番低くなった角地に建っている。一般的な感覚であれば良い土地とは言えない。でも遠くに海が見えて、心地が良く、何より家族が気に入っていた。
実際に吉岡さん宅で建築当初に借景としていた緑地は数年で失われ、庭に木を植えることで窓の外を飾った。








私が幼いころから大好きな映画、スタジオジブリ制作の『となりのトトロ』。冒頭は、ヒロインである姉妹が父と一緒に引っ越しをするところから始まり、新しく住み始める家を隅々まで探検する。姉妹は不思議な生き物を追いかけてはしゃいでまわるのだが、私はその舞台となる家が大好きだった。背景美術の絵による力も大きく、そこに描かれている部屋、設え、素材感など、端々からこの家で育まれた歴史が物語られる。
培われてきた物語感が映画みたいだな、と思いながら吉岡さん宅を見学していると、ガレージの屋根の上に家庭菜園コーナーが出没した。ここで育てた野菜は収穫後、すぐ横のキッチンで調理され食卓に並ぶ。「お庭でハーブを摘むのが夢だったの」と語る奥様が愛おしく、こちらも自然と笑みがこぼれる。
ガレージ屋根の端からは隣の家の樹木が侵入している。このお手入れも吉岡さんがついでにやってしまうし、逆に隣のご家族にお手入れしてもらう樹もある。春には近隣住宅一帯が一つの桜の名所のようになる。言葉だけでない、お家本体を通したコミュニケーションが形成されていた。




住むほどに好きになる家
大事にしているのは「四季の移ろいが感じられる、自然と共生する家」「家族がいつも仲良く生き生きと暮らすことができる、情愛を育てる家」であること。囲む植栽の豊かさに加え、全体的に木で仕上げられているためか、経年で培われた”味わい”に凄みを感じる。
驚いたのは、奥様の自邸への愛。住宅業界で営業をしていた吉岡さんに負けないくらい、お家での過ごし方、大好きなポイント、エピソードをたくさん聞かせてくれた。建築のディテールひとつひとつもさることながら、嬉しそうに話すその姿を見て、建築っていいなあと思った。
ここまでの愛情を育んだのはきっと、吉岡さんがお家に対して「手を加え続けている」から。植栽はもちろんお家自体も、その時々の家族・土地・趣味・周辺環境などに合わせて変容してきた。「家の中で過ごすものが家族」だと思っていたが、家族の成長に合わせて変わる「家自体も家族の一員の様だ」と感じた。


『家づくりはものづくり』
吉岡さんの家を見ていると「家づくり」は「ものづくり」だということに気付いた。考えてみればあたりまえのことかもしれない。けれども、まだ浅いながら住宅業界に身を置いていると、家は「買う」ものだと感じている人も多いように感じる。
例えば車とか、食事とか、言ってしまえば家も暮らしをつくるツールのひとつにすぎないのかもしれない。だけど、行動を、感覚を、人生を左右する重要なツールだと信じている。だからこそ、その時々に応じて「この場所・この自分だからこそ」いちばんしっくりくる形に変化していくことが必要なのだと思う。
家は人を変えるけれど、人もまた家を変える。吉岡邸の豊かな「暮らしづくり」に余念のないのないスタイルは、まさに「理想の暮らし」そのものだと感じた。



《data》
吉岡 孝樹 邸